サイモン・クチャーアンドパートナーズジャパン株式会社


マイナス価格は新たな現象か
著者: ハーマン・サイモン  山城和人



WTI原油先物のバレルあたり価格がマイナス40ドルにまで下落した。原油価格が史上初めてゼロを割り込んだことにより、ここ数日センセーショナルな報道が続いている。しかしマイナス価格は前例を見ない事象ではない。実は世界経済の複数のセクターにおいて、「買い手ではなく売り手が支払を行う」マイナス価格は長年存在してきた。銀行や電力業界がその一例である。新たな生産条件やインターネットの幅広い普及が需要と供給の不均衡をもたらし、限界コストをゼロに押し下げることにより、マイナス価格は発生する。さらに、商品・サービスのライフサイクルの特定の時点や複数商品間の相互関係によっては、マイナス価格はビジネスにとって最善策となり得る。

通常の取引においては、買い手は売り手に対して、商品やサービスの代価として支払を行う。買い手に支払意思があるのは、その取引が有益だからである。翻って売り手としては、短期的な視点での最低販売価格は限界コストになる (つまり売り手は、商品またはサービスをプラスの貢献利益が発生する価格でしか販売しない)。伝統的なビジネスにおいて限界コストはゼロ以上であるため、価格がゼロとなることは稀有であった。そして価格がマイナスになるケースに至っては存在しないに等しかったのである。

しかしインターネットをはじめとする様々なテクノロジーが、この常識を根底から揺るがせている。生産数量を1単位増加させるための限界コストがゼロまたはゼロに限りなく近いというケースは珍しくなくなった。それだけではない。太陽光発電のケースを取り上げると、限界コストがゼロであるだけでなく、発電した電気は購入され、消費されなくてはならない。したがって事業者は買い手に電力という商品を無料で提供するだけでなく、金銭を提供することによってのみ、買い手の購入が起こり得るという状況に追い込まれることもある。これは原油の供給過多の状況と酷似している。

電力業界におけるマイナス価格
欧州エネルギー取引所が電気のマイナス価格を観測した時間数は2008年から2019年の間に15時間から211時間に 激増した。この数字が意味するのは、昨年発電事業者は約10日間にわたって買い手にマイナスの価格で販売を行っていたということである。言い換えれば買い手は、電気のみならず金銭を受け取っていたのである。これはどのように解釈されるべきなのか。明確なのは価格がゼロであっても、電気の供給は需要を上回っていたということである。発電事業者はこのような場合、通常は発電を停止するが、太陽光発電など特定の発電方法によっては、これは事実上不可能となる。また一般的な発電においても、対応の柔軟性には限界がある。一旦、生産された電力は購入され、消費されなければならない。電力事業者がマイナスの価格を設定し、買い手に金銭を支払う場合にしか、電力の購入なされない場合があるのだ。これは、プラスの価格設定を行い、利益を得られる日に電力の生産を行うために、マイナス価格となる日が存在することを許容しなければならないことを意味する。同じことが原油価格に関しても当てはまる。支払を行ってでも買い手に購入を促す方が、生産停止や追加的な在庫保管スペース確保によるコスト増を負担するよりも賢明なのだ。

マイナス金利
金利は「通貨の価格(the price of money)」以外の何物でもない。マイナス金利はデンマークで2012年に初めて記録されて以来各国に広がり、多くの議論が行われるトピックになった。このトピックは哲学的な議論にまで発展し、スイスの連邦準備制度理事会議長であるトーマス・ジョーダンは「マイナス金利は人間の本質と相反するものではない」との見解を表明した。現在、多くの政府がマイナス金利で借り入れを行うことが可能であり、これが個人にも当てはまる国も存在する。例えばドイツ企業Check24から1,000ユーロ (およそ12万円)の借り入れをした場合、12カ月後に支払う額は借入額を下回る972.49ユーロであり、これを金利に換算すると-2.7%である。同様に、ドイツのローン会社であるSmavaから1,000ユーロを借り入れた場合、3年後に返還を求められる額は923ユーロである。経済学者であるカール=クリスチャン・フォンヴァイツゼッカーによると、個人の貯金意欲が投資意欲を大きく上回る状況がマイナス金利を誘発しており、これは一時的ではなく、恒久的な現象なのである。銀行にとっては、余剰資金を中央銀行に預けて-0.5%の金利を支払うよりも、-0.2%の金利で貸し出した方がより有益である可能性がある。そして、顧客がマイナス金利でも銀行に預金する意思があれば、銀行はこの資金をマイナス金利で貸し出したとしても、プラスの限界利益を達成することが可能である。

コンバージョンを促すマイナス価格
商品のライフサイクル、商品の相互の関係性等によってマイナス価格が発生する場合もある。例えば、新商品の発売時における無料サンプル (例: 医薬品や消費財)の提供は、価格がゼロであることを意味する。この段階においては、価格は限界コストを上回るべきであるというルールは無視される。無料サンプルの提供によって勝ちとった顧客が、将来より頻繁に自社商品を購入する、つまり、ゼロの価格が今後の販売を創出するのであれば、この戦術は理にかなっているといえる。しかしここで、なぜゼロが最低販売価格でなければならないのかという疑問が生じる。さらに一歩踏み込んで考えれば、ゼロが最低価格であるというのは恣意的にすら思える。市場にこれまで存在していなかった新しい商品を消費者にいち早く受け入れてもらうには、初期ユーザーにゼロの価格で商品を提供するだけでなく、マイナス価格にする方がより効果的とも考えられる。限界コストが高い従来型の経済とは異なり、限界コストがゼロの場合、この選択肢はより魅力的になる。実際に、このようなマイナス価格設定が行われる場合も存在する。例えば楽天銀行は口座開設をした顧客に1,000円相当のポイントを付与している。これはマイナス価格と見なすことができる。中国においては、自転車シェアリングサービスのプロバイダーMobikeが顧客に金銭を提供した上で自転車を利用させていたという事例もある。

上記の商品・サービスのライフサイクルのみならず、商品間の関係についても同様の議論が可能である。商品Aが収益性の高い商品Bの販売を促進する場合、商品Aをマイナス価格で提供することは選択肢の一つとなりえる。この効果の連鎖はフリーミアムのビジネスモデルにも合致する。通常のフリーミアムモデルでは、基本バージョンの価格はゼロである。ここで再び、なぜ最低販売価格がゼロでなければならないのかという疑問が生じる。基本バージョンの利用後、多くのユーザーが有料バージョンに移行するのであれば、限定的な期間において初期ユーザーに基本バージョンをマイナス価格で提供することは十分に意味がある。海外の多くの通信会社は、契約を締結した顧客にスマートフォンを無料、もしくは、1ユーロや1ドルといった象徴的な価格で提供している。スマートフォン契約を締結する際、通信会社は新規顧客に金銭を提供すべきだろうか。とある海外通信会社のマーケティング担当は、スマートフォンのマイナス価格戦略は成功したと報告している。マイナス価格が現金で支払われたことで、その効果はより高まったのだろう。

アメリカで特に幅広く普及しているキャッシュバックもこの原理に当てはまる。300万円で自動車を購入し、現金で20万円のキャッシュバックを受け取る場合、この20万円もマイナス価格と解釈することができる。これにはどのような意味があるのか。何故購入者が最初から280万円を支払うことにしないのか。行動経済学者であるダニエル・カーネマンのプロスペクト理論にその答えがある。300万円の支払は、買い手が知覚する言わば損失である。その損失は新たに得られる自動車の所有によって相殺される。そこに、20万円の現金を受け取るという3つ目の要素が加わる。多くの購入者は、280万円を支払う場合よりも、一旦300万円を支払い、後で20万円のキャッシュバックを得るほうに、より高い便益を感じるのである。

最終的に重要なのは、マイナス価格と比較して、マーケティングやプロモーション施策がどの程度利益の獲得に寄与するかである。新商品の導入時は、定期的に多額の予算を必要とし、資金は広告、ディスプレイ、プロモーション、ディスカウントなどの手段に投入される。これまでのところ、新商品導入時におけるマイナス価格設定は稀である。しかしマイナス価格は莫大な予算を必要としないため、広告やそれと同等の施策と比較して、より効果的な可能性もある。限界コストがゼロに近づくに従って、その可能性はさらに高くになるであろう。今日でも、限界コストを下回る価格設定を行うことでプロモーションを行うケースは存在することから、今後マイナス価格で商品を提供する企業も出現すると想定される。従って、将来的にマイナス価格が我々にとって、よりなじみ深いものになっていく可能性は高い。

結論
理論上は、最低販売価格は限界コストに等しい。限界コストがゼロであれば、ゼロが最低販売価格である。しかし、近年ではマイナス価格を目にする機会が増加している。このような価格の背景には、ゼロという価格の下限を覆す生産ならびにコスト条件が存在する。この事態は、価格をゼロにしても需要が十分存在しないにもかかわらず販売を継続しなければならない、という供給過剰によって引き起こされることもある。こういった状況は現在の原油価格に当てはまり、電力業界においては何年も前から起こっている。商品・サービスのライフサイクルや商品間の関係が低い限界コストと組み合わさって、マイナス価格を生み出す場合もある。販促施策とマイナス価格の効果を定量化しない限りは、何が最適な施策なのかは分からない。だがインターネット時代においては、マイナスの価格設定がますます功を奏すようになる日が来ることが予想される。

(1) ハーマン・サイモン教授は価格戦略のコンサルティングでグローバルに高い評価を得ている戦略コンサルティング・ファーム、サイモン・クチャーアンドパートナーズの設立者であり、名誉会長である
(2) 山城はサイモン・クチャーアンドパートナーズジャパンの代表取締役社長である

サイモン・クチャーアンドパートナーズ: 戦略・マーケティングに特化したコンサルティングファーム
サイモン・クチャーアンドパートナーズは、クライアントの収益および利益成長 (TopLine Power(R))に特化したグローバルなコンサルティングファームであり、39のオフィスに1,400名以上のコンサルタントを有する。1985年に設立されて以来、35年以上に渡って戦略・マーケティング・プライシング・セールスの4分野におけるコンサルティングサービスを提供しており、特にプライシングにおいては世界中でリーディング・ファームとしての評価を得ている。

【本件に関するお問い合わせ先】
コンサルタント 梶川 武蔵
Mail: Musashi.Kajikawa@simon-kucher.com

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